外国語習得における難易度というのは、絶対的なものではない。
対象になる言語と母国語との距離は大きな要素の一つだけど、自分との相性というものもある。
私の愛読書の一つである"Langage de l'humanite" は世界中の言語に関してのデータが盛り込 められているが、その中に各言語の難易度表というのもがあった。難易度は1から5の数字で表されており1が最も学習安易で、 5が最も難度が高いということになる。1だったのは、イタリア語、スペイン語など、ラテン系の言葉。英語は2で、ロシア語が4あたりだった気がする。アジア系の言葉ではインドネシア語が2であとはおおむね4か5。日本語は5と最も難しい言語として扱われていた。言うまでもなくこれはフランス語を母国語とするものからの尺度である。ちなみに日本語に関してのコメント。「発音は易しい、文法は難しい、文字のシステムは非常に複雑で困難」とあった。でも、私の知っている日本語を話す、あるいは勉強中のフランス人に言わせるとこれが、「日本語は簡単」という人と「難しい」という人にすっぱり分かれる。「普通」、とか「まあまあ」というのがないのが面白い。どうも相性の良し悪しというのが明確に現れる言語なのだろうか。かなり日本語レベルの高い大学生の男の子はこういっていた。「日本語はねえ、最初は簡単なんだ。発音は簡単だし、不規則動詞もあんまりないし。普通の会話ぐらいまではね、でもあるレベルに達すると難しくなる。そしてどんどんどんどん、難しくなっていく。」 さて、フランス語はどうなのだろうか。フランス人から見たフランス語。その学生に聞いてみると聞いてみると、「フランス語は最初から最後まで難しいよ。」という。別のフランス人も、「フランス語は難しすぎるんだ。だから世界共通言語にならなかったのさ。」と言っていた。
よくフランス人から、「フランス語は難しいだろう、大変だろう。」と言われる。まあ、事実かもしれない。特にラテン系の言語を母国語とする 人たちと比べると、我々にはとっかかりの悪い言語かもしれない。名詞の性、不定、定冠詞に加え 部分冠詞、不規則動詞、接続法、何より例外が多い、 と最初は盛りだくさんである。読む方だって ハンデがある。だから最初の上達には多少遅れを取るかもしれないが、ある程度経って話せるようになると、最初感じたほど難しくはないんじゃないか、という気がしてくる。少なくともフランス人が思いこんでいるほどには。
まあ、難しくてもそうで なくてもどっちでもいいかもしれないが、何となく、反発してみたくなるのは、「フランス語は難 しいだろう」、というときの、彼らのどこか自慢げな様子。 彼らは英語のことは馬鹿にする。「あんなのアホの言葉だから、簡単簡単」。私の知ってる人もよくそれを言う。私は大学で言語学を専攻してたのだが、今流行りの生成文法などアメリカが発祥だし、言語学はアメリカが盛んで、文献も英語のものを読まされることが多々あった。しかし中には東欧から来た学生など、英語は全然やったことないので、文献が読めない、というのも珍しくなかった。すると、こともあろうか教授はこういうのであった。「あんなのちょっと勉強するだけで読めるようになるわよ。Langue de con(馬鹿の言語)だもの。文法なんてありゃしない。」言語学の教授が、ですよ。
ある日、有名なイギリス系の某出版社で、英語教材の営業をしているという男性に会った。その教材がいかに効果的かを話したあとで、
「どちらにせよ英語をマスターするのなんて、簡単さ。フランス語に比べたら単純な言語だからね。」と例のごとく言う。
意地悪な私はちょっとつついてみたくなった。いや実際、英語については、私は日本の大学では英文学を選考したにもかかわらず、文学の読解はおろか、会話もままならぬという有様である。英語は決して私にとって簡単な言語などではなかったのである。
「いえ、フランス語が、英語よりもずっと難しい言葉ってことはないと思いますよ。」
彼は眉をぴくりと動かし、「え?」というような顔をした。
「いや、君はそりゃフランスに住んで実際フランス語で生活したり勉強したりしてるからだろ」
「いえ私、英語も日本で長いことやってたんですけど、文献なんか読んでみるとフランス語の方が読みやすいんです。」
彼は幾分気分を害したようだ。
「何で?英語には動詞の人称変化もほとんどないし男性名詞、女性名詞の区別もないし・・・。」「そう、文法が複雑だからこそ、ちゃんと憶えれば、特に読む方はわかりやすいと思うの。長い文章になると、英語だとこのitは何を指しているか、とかわからなくなるところもフランス語だとla とleの区別がある分見当がつきやすいし。英語は省略形も多いのよね、関係代名詞とか。名詞と動詞が同型ってのも多いし。フランス語はそういうのが少ない分文の構造もわかりやすいですよ。」 私は続ける。敵の顔はだんだん赤く上気してきた。
「でも!話す方はぜったいフランス語の方が難しいはずだ。」
「んー、英語って結構イディオムが多いし、語彙数については最も豊富な言語らしいですよ。フランス語のいい点はね、何かで読んだんだけど、日常の会話のに必要な単語数が、ほかの言語と比べて少なくてすむことでしょうね。基本語700くらいかな?最も経済的で効率がいいってこと。」
本来ならこれは『いい点』として認めてもいいと思うのだが、相手はご不満らしい。彼はさらに真っ赤になってまくし立てる。
「英語なんてな、ちょっと英語圏に住めばすぐできるようになるんだぞ。君ははフランスに来てもう結構長いだろ?」
簡単って言われるのが侮辱なのだろうか。そうじゃあないんだけどなあ。で、こう言ってみる。
「あら、でも複雑な言語がより発達した言語ってわけじゃないでしょ?文法にせよ発音にせよ、言語って話されていくうちにどんどん簡略化される傾向にあるんじゃない?」
しかし、もはやこちらの言うことなど何も聞こえなくなっている。
「英語の方が難しいだと!」を繰り返している。頭からは湯気が出ている。
面白い。そうか、「フランス語は難しいだろー」というのを翻すと、時としてこんな反応が返ってきたりすることもあるのか。しかしもうやめよう。そのうちショートするんじゃないかという気がしてきた。傾向として、自分の母国語は難しいと考えるようだ。感覚的に話しているので、いざ客観的に、文法や構造を考えてみると、なにやら収拾のつかない、複雑な言語である気がするのか。あるいは、いくつか母国語を話すものしかわかりにくいであろう言い回し、ニュアンスなどを拾い上げ、やっぱりこれは外国人にはわかるわけないよな、と思うのであろうか。私の最初のフランス語の先生はスコットランド人であったが、彼も自分の母国語である英語は、みんなが思っているより難しいと言い、「最初は複雑に思えるかもしれないけど、フランス語はね、簡単なんだよ、結構。英語の方が本当は難しいんだよ。」なんて言ってたな。フランス人が聞いたらなんと反論するか? 日本人でもいますよね。「日本語は難しい」、とか「いくら日本語の達者な外国人でも、本当に日本文学が理解できるものなぞ、おりやせん」何て言う人。とにかく私は日本語を学んでいる人に「日本語は難しいでしょ」と言うのだけは避けている。
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